標本の作り方

 クモ全般の標本の作り方と考えてもらって問題ありません。作者は研究歴が浅いので、他の資料も参照していただいた方がよいです。
まえがき ※お急ぎの方は飛ばしてください
 生き物が好きな方の中には「標本」というと抵抗がある方も少なくないと思います。自然下で自由に暮らしている時が生き物は最も美しく、そうして生ける命を奪い手元に並べておくなど人の驕慢の極みだ、作者もかつてはそんなふうに思っていました。確かに標本は命を奪わずには作れません。かわいそうだという気持ちはありますが、それよりも今は「必要な物」という意識が強いです。
 まず標本を作ることで、生きている時よりもじっくりと体のつくりを観察できます。標本を作って隅々まで眺めて初めて「こんなにかっこよかったんだ」と魅力を知った虫も少なくありません。実用的なことをつけ加えると、クモの多くは標本にしないと正確な同定ができません。標本なくしては正確な名前を知り得ないのです。
 そして、標本はこれ以上ない「その生き物がいた記録」になります。写真も大事な記録ですがやはり実物には敵いません。ある地域に生息する種の目録を作る場合などにも、標本があるのとないのでは信憑性が全然違います。
 作者が初めて標本にした生き物はオスクロハエトリでした。採ってきたクモをエタノールに落とすと、全身を痙攣させてのたうち回り、やがて死にます。その一部始終を見て、なんとかわいそうなんだろうとショックを受けたのを覚えています。何万匹と殺しているとそんな感覚も薄れてきてしまうのですが、時々は始めの気持ちを思い出すのも必要と思います。自分が殺すことで知ったその生き物の魅力をたくさんの人に伝え、自然を慈しんでくれる人を増やす、そこまでできたら少しは罪滅ぼしになるのではないでしょうか。あまり感傷的に考えていては研究が進まなくなってしまうのですが、完全に忘れてはならないことだと思っています。
 最後に、今私が分類の研究をして論文をまとめることができるのは、たくさんの先輩方が標本を残しておいてくださったからです。その中には私が生まれるよりも前に採集され、採集者がすでに亡くなられているものもあります。自然の財産をそうして積み重ね、受け継いでいくことには並々ならぬ尊さを感じます。標本は生き物の姿形をそのまま後代に残す、人間の知恵の結晶と言えます。自分が採集した標本がいつかどこかの若者の研究の糧になるかもしれないと思うと、なかなかロマンではないでしょうか。みんなが作るべきなどとは思いませんが、もしこの駄文が、標本を敬遠されている方の考えを少しでも変えることができたら、このページも無駄ではなかったかなと思います。
 クモは乾燥すると腹部がペシャンコになり、体もスカスカで非常に脆くなってしまうため、標本はエタノール液浸が一般的です。瓶にクモとエタノールとラベルを入れる、言ってしまえばこれだけです。昆虫のように展翅や展足が要らない反面、見映えは圧倒的に劣るため、きれいな標本を眺めて楽しむという要素は弱いと思います。
概略
 気密性があることとエタノールで変形しないことが条件です。たくさん買うとなると、スクリュー管瓶のような標本や薬品を保存するガラス瓶に落ち着く人が多いと思います。実験用具の通信販売などで入手できます。作者は主にアズワンの「ラボラン スクリュー管瓶」の 9 ml のものを使っています。これより小さくなると気密性が不安な感じがします。作者が研究を始めてからはせいぜい 5 年くらいしか経っていないので、この瓶でどのくらいもつのかはまだわかりません。大きなクモを入れる場合は当然大きな瓶が必要になります。
 先にも書いたように入れる液体はエタノールです。普通は 70~80%のものを使います。化学薬品として売られているものか、手に入らなければ薬局で売っている消毒用のものでも大丈夫ですが、その場合はエタノール以外の物質が入っていない製品を選ぶ必要があります。無水エタノールを薄める場合は水道水ではなく蒸留水を使わないとゴミが混じります。瓶に入れる量は満杯が望ましいです。少ないと蒸発しやすくなり、また中で標本が揺すられて傷みます。きちんと蓋を閉めていてもだんだん蒸発してくるので、標本をしまった後も時々エタノールの量を確認して、減っていたら補充します。一度干からびた標本は元に戻せません。
液体
 標本には採集データを記したラベルをつけます。これが一番重要です。ラベルのない標本はただの死体です。学術的に価値あるものとして残すことなく、いたずらに命を奪っただけです。必ずラベルを書きましょう。最低限必要な情報は、採集年月日、場所、採集者です。場所は都道府県からできる限り詳細まで書くのが望ましいです。採集を手伝った人がいる場合はきちんと「誰々&誰々」と書いておかないと「これ俺が採ったよな?」というトラブルのもとになります。また、採集方法やどんな環境・状況だったかも書いておくとなお良いです。同定ができていれば種名も入れます。幼体を飼育して成体まで育てた場合は脱皮した日も書くとよいです。
ラベル
 ラベルは「誰が見てもわかるように」書くのが基本です。今の自分にはわかるとしても「7月 おきなわ」などのラベルでは何の意味もありません (実際に作者の初期の標本から出てきたものです。阿呆としか言いようがありません)。繰り返しますが、ラベルがあって初めて標本と言えます。標本を作ったその場で必ず書きましょう。
 脱皮した後は体が柔らかく、そこで標本にするとフニャフニャのものになってしまうので、1 週間ほど置いて硬くなるのを待ちます。また、腹部が痩せていると標本になった時に萎れて見映えが悪くなり、模様なども観察しづらいので、痩せている個体はエサをやって太らせると「良いかんじの」標本になります。特に分類の研究に使いたいような場合はなるべくそうしています。この辺りについては「飼い方」も参照してください。
ちなみに
 方法は人によりけりですが、基本的に壊れなければよいです。作者は写真のように瓶を1本ずつプチプチなどの緩衝材で包み、テープで留めて封筒に詰めています。普通の茶封筒でも今のところ割れたことはありませんが、安全を期したい場合は内側に緩衝材のついたものを、より安全を期したいなら小さい段ボール箱に緩衝材を詰めて、標本もチャック付きビニール袋などでまとめて真ん中に入れます。プラスチックなど容易に割れない素材の瓶であれば、壊れる危険が減ります。先にも書いたように液量が足りないと瓶の中で標本が揺れ動いて傷みます。
送り方
 生体を送るときは、潰れないのはもちろんですが、乾燥と蒸れに注意する必要があります。フィルムケースや標本瓶の中に濡らしたティッシュを入れて保湿します。作者は採集の時に用いるピルケースで送ってしまうことが多いです。息ができないとの心配は基本的に要りませんが、密閉すると蒸れる恐れがあるので、気密性の高い容器であれば蓋を少し緩めたり小さな穴を開けたりした方が良いです。これをすると非常に乾燥しやすくなるので保湿は必須です。あとは茶封筒で普通に送れば大丈夫ですが、すぐに受け取れない場合を考えて緩衝材で包んでおくと、温度などの変化にさらされにくいかもしれません。1 週間やそこら何も食べなくてもそうそう死にません。
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